経営者としてお金を借りるなら公私の区別を

起業の準備

私は、東京の早稲田大学を卒業後、エリートとして、三井住友銀行に入社をしました。

入社後は、ファイナンシャルプランナー、その他の金融や経済に関連した資格を取得しました。社内での昇進も順調にでき、入社から10年ほどでファンドを扱っている部署でチームマネージャーになることができました。

仕事が多忙なため利用する機会は有りませんでしたが、福利厚生も充実していて会社には満足をしていました。ですが、このままずっと会社員として生活を続けていくのは自分には辛いものがありました。

私は、若干ですがインターネットの知識もあったので、その頃、インターネットを利用した投資学校を造りたいと考えていました。創業資金を蓄えることができた時点で、会社は辞めることにしました。

実際に会社を辞めたのは入社から12年目の時です。会社を辞めた後は、すぐに起業準備に取り掛かりました。(実際は会社を辞める前から土日を利用して、会社立ち上げの準備は少しずつ進めていました。)

投資に関する講義内容をオンデマンド配信できるシステムを、そのシステムパーケージを販売していたソフトウェア会社から購入をしました。また、WEBサイトの作成もその会社にお願いをしました。

個人と会社の破産処理

私が、起業したのは1988年です。ネットを利用した投資学校を開校して2年ぐらいで、ほぼ経営が軌道に乗り始め、企業収支は黒字化することができました。

ちょうどバブル経済の頃で、日本経済が異常とも言える勢いで拡大をしている時期でした。

その後の展開は、皆さんご存知のようにバブルの崩壊です。東京証券取引所などで扱われていた株価が暴落し始めたため、投資はリスクが高いという固定観念がバブル崩壊によって定着してしまいました。その結果、当社のサービスを受けている会員数が1/3以下にまで減ってしまいました。

その頃から資金繰りが悪化をしてしまい、会社名義、あるいは私自身の個人名義で銀行などの金融機関から借り入れをしました。私の名義で借りたお金で会社名義の借金の返済に充てたこともあります。

本来なら借入れをするなら会社名義だけですれば良かったのですが、少しでも運営資金が欲しかったため個人名義でも借りてしまったのでした。その結果、会社と私個人の債務を合わせると1千万円を超える額となってしまいました。

結局、このまま会社の経営を続行しても業績を回復できる見込みがなかったため、個人と私の会社共に破産処理を行いました。

今から考えると、私の大きな失敗は借金の公私の区別をしなかったため、借金の額が把握しづらくなったことにあると思います。不景気の時には、それに耐え得る経営規模に柔軟に切り替えるべきだったのに、それを実施することができなかったことも失敗の原因だと思います。

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